レーシックの歴史

1990年にギリシャから始まる

コンタクトレンズやメガネによらない視力矯正術の研究開始は1860年代にさかのぼりますが、レーシック(LASIK)については、1990年にギリシャの眼科医が開発し世界初の手術を実施しました。

その後アメリカでエキシマ・レーザーがFDA(米国食品医薬品局)によって認可されたのは1995年のことです。


アメリカではその認可以来、AAO(米国眼科学会)、ASCRS(米国白内障屈折 手術学会)、アメリカ国防総省の医学委員会がさらにレーシックを積極的に取り入れ始めたので、
レーシックの実績は飛躍的に伸び、大勢の近視の人がレーシック手術を受け、メガネ・コンタクトレンズでの生活から解放されています。


その人口は近視人口全体の1割にもおよび、毎年100万人以上の近視の人がレーシックの恩恵を受けています。

日本では、少し遅れて2000年1月28日にエキシマレーザーによる近視治療が厚生省(現・厚生労働省)により認可され、国内でもレーシックが行われ始めました。


しかし、手術による視力矯正術は危険を伴う『手術』であることに変わりはなく、あくまでも
「最終手段であるべき」という考え方にとらわれる人が多かったようです。(今でもそのような考え方が存在する感は否めませんが)

眼鏡やコンタクトレンズで矯正できるなら、それで十分。危険を伴う手術までする必要はない、という抵抗感がぬぐえなかったため、アメリカに比べてレーシックが広がる速度は格段に遅く、2000年にレーシックを受けた人口は約2万人とかなり少なかったようです。

そんなレーシック手術がなぜ近年定着しつつあるのでしょうか?
それは、プロ野球選手やプロゴルファーなど視力の良し悪しが職業上大きく影響する人たちがこぞってレーシックを受けるようになり、それがクリニックサイトで紹介されることで
社会的にレーシックという視力矯正法が知れ渡り、その安全性も確認されるようになったからです。


また、開始当初は価格も両目で100万近いというケースがあったのですが、近年のレーシック業界の価格競争により、がんばれば一般の学生までもがレーシックを受けられるまでになりました。この流れは今後もますます続いてゆくと予想されます。

今やレーシックによる視力回復手術は、メガネやコンタクトレンズと共に第三の視力回復方法として加速的に社会に受け入れられつつあるのです。

 

屈折矯正手術(視力回復手術)の歴史を追う


1869年

外部的矯正器具(メガネ・コンタクトレンズ)を用いないで視力を矯正する方法の研究が開始される

 

1940年

 順天堂医科大学の佐藤教授が外膜に直接外科的操作を加えることで近視を矯正するRKと呼ばれる屈折矯正術を世界に先駆けて臨床応用する

 

1950年

世界初の前後面放射状角膜切開術が佐藤医師により行われる

 

1963年

レーシックの前身となるケラトミレイシスという術式が開発された

 

1975年

エキシマレーザーが開発され、視力矯正手術が飛躍的に進歩

 

1983年

アメリカで初めて屈折矯正手術に対して使用

 

1985年

 ドイツで臨床応用へと発展

 

1988年

アメリカでPRK手術がが始まる

 

1990年

ギリシャでレーシック(LASIK)が始まる

 

1995年

アメリカにおいてFDA(アメリカ食品医薬品局という日本の厚生労働省にあたる機関)によりエキシマレーザー使用の認可がおりる

 

1998年

 治療用としてエキシマレーザーの使用が、厚生省(現・厚生労働省)によって認可される

 

2000年

近視治療によるエキシマレーザーの使用が、厚生省(現・厚生労働省)によって認可される

 

2000年以降~

レーシック(ケラトームレーシック)に始まり、高次収差を 補正するオーダーメイド的なカスタムレーシックが開発される。その後、フラップをより正確・安全に作成するイントラレーシックが普及し始め、さらに見え方の質を追求するウェーブフロント技術を導入した ウェーブフロントイントラレーシック、FSレーザーにカスタムビューレーシックを組み合わせたアイレーシック、そして、現在最新式のZレーシックへと続き現在に至る。